TERUHA

親戚の家にいる小学生兄弟が最近発案したらしい「かっこつけしりとり」
私も交えてやりたそうだったのでまず実演してもらう事に

A(片腕をポケットにいれ斜に構えたポーズでもう片方の手で明後日の方向を指差しながら)「腐れ外道の蝉時雨」
B(ジョジョ立ちして天を睨みながら)「冷凍みかん母性本能改革」
A(クラウチングスタートの姿勢をとりながら)「屈折した防虫剤」
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みたいに各々かっこつけたポーズをしながら意味不明な難しそうな言葉をとにかく言い合うみたいな内容で
くだらなすぎて一人で死にそうなぐらい笑ってしまった。小学生自由すぎる。

失敗して一番厄介なのは、「恥ずかしい」という感情だ。
これに向き合いたくないがために、穴に頭を突っ込むことにして、落ちこんでしまう。
落ちこめば、この恥ずかしさに向き合わなくてすむからだ。

けれど、失敗をきちんと認めなくては、その失敗に付随して起こる困難な事態に対処できない。恥ずかしさと向き合い、折り合いをつけ、そうして、つぎの行動を起こさなくてはならないのだ。

恥ずかしい、と思う。自分がこう見られたい、と思っていたのに、もうそうは見てもらえない。相手の目がまっすぐに見られない。
だが、それは、自分にはどうすることもできないのだ。失敗して、迷惑をかけた相手には、謝って、あとは相手に任すしかない。許してくれるか、許してもらえないか、それは相手が決めること。自分に手出しはできないのだ。

おそらくこれからも、何度も謝らなくてはならない羽目に陥るだろう。
許してもらえたり、もらえなかったりするんだろう。
それでも、そうしなければわからないことはきっとあるはず。

maridinger:

そうだ これは夢なんだ ぼくは今、夢を見ているんだ 目が覚めたとき、 ぼくはまだ12歳 起きたらラジオ体操に行って、 朝ご飯を食べて、 涼しい午前中にスイカを食べながら宿題して、 午後から友達とプールにいっておもいっきり遊ぶんだ・・・
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maridinger:

そうだ これは夢なんだ
ぼくは今、夢を見ているんだ
目が覚めたとき、 ぼくはまだ12歳
起きたらラジオ体操に行って、 朝ご飯を食べて、
涼しい午前中にスイカを食べながら宿題して、
午後から友達とプールにいっておもいっきり遊ぶんだ・・・

(出典: 500mlstratumsから)

hkdmz:

こうですか!わかりません!!
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hkdmz:

こうですか!わかりません!!

(stratumsから)

frogori:

toptumbles:

Hula Hoop Win

最後の“喜ぶ姿”が楽しそう♪

(stratumsから)

たとえば禁煙エリアにもかかわらず道端でタバコを吸っている若者がいるとします。当然それはよくないことですが、だからといってそれを発見したおじさんが注意しようと「おいお前!ここは禁煙なんだからダバコ吸うんじゃねー!」と言ったとします。確かにルールを破っているのはタバコを吸っている若者なのでこう言われても仕方なさそうですが、この場合、どちらも間違っています。タバコの男性も注意したおじさんもダメなのです。いくら相手がルールを破っているからといって、乱暴に注意をする資格なんて誰にもないのです。乱暴に注意した時点でそのおじさんも、タバコを吸った人同様に人に不快な行為、たとえば「死ね」という言葉を発するのと同じです。「乱暴に注意をすることは、乱暴な言葉を発する以上に乱暴をしている」のです。
 また性質が悪いのは、どさくさにまぎれて自分のストレスも一緒に詰め込んでしまう人です。普段のイライラも一緒にその若者に対して「おいお前!」と、自分が正義だから守られていると誤解して、注意に自分の怒りを上乗せするのです。こういうことが社会ではよくあって、ルールを取り締まる人はこの手のタイプが多いです。立場や権力を利用して、自分のストレスを無意識に上乗せして注意する。これじゃ世の中よくなりません。

詮ずるところ学問は、ただ年月長く倦まずおこたらずして、はげみつとむるぞ肝要にて、まなびやうは、いかやうにてもよかるべく、さのみかかはるまじきこと也。いかほど学びかたよくても、怠りてつとめざれば功はなし。    


【口語訳】ようするに学問は、ただ年月長く倦まず怠らず、励みつとめることが肝要なのだ。学び方はどのようであってもよく、さほどこだわる事はない。どんなに学び方がよくても、怠けてしまってはその成果はおぼつかない。

— 本居宣長「うひ山ぶみ」 全注訳 白石良夫 (via gyrus)

(stratumsから)

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